2021年09月30日(木)舞台裏

[ 総裁選舞台裏 ] 今回の自民党総裁選は、昨年大敗したはずの岸田文雄が幅広い支持を
集め、決選投票ではワクチン担当相の河野太郎を大差で破った。背景には、
河野の政治姿勢などに疑問を抱く前首相の安倍晋三や、河野が所属する麻生派(志公会)
会長の麻生太郎らが主導する水面下での激しい多数派工作があった。(敬称略)
「岸田さんはたくましくなったね」投開票を2日後に控えた9月27日、安倍は岸田陣営の
顧問を務める税調会長、甘利明と国会内で向き合い、岸田をほめちぎった。安倍は今回、
前総務相の高市早苗を勝利させるために本腰を入れた。河野陣営に加勢した
細田派(清和政策研究会)の若手議員には、次期衆院選での応援の有無まで
ちらつかせて高市の支援に切り替えるよう求めた。一時、岸田陣営が「3位になりかねない」と
危機感を抱いたほどだ。「高市首相」の誕生に尽力していた安倍が、岸田をほめたのはなぜか。
河野は総裁選の告示以降、大幅な消費税増税が必要な年金制度改革などが
党内から強い批判を受けただけでなく、選択的夫婦別姓制度の導入容認や首相としての
靖国神社参拝を公然と否定。安倍は周囲に「このままでは党内がリベラルだらけになってしまう」と
警戒感を募らせていた。河野の支持層をはがして決選投票まで持ち込めば、
河野の首相就任だけは阻止できる−。選挙戦終盤で「反河野」を軸に連携を求めた
甘利の申し出を、安倍が断るはずもなかった。安倍が抱いた危機感は、河野が所属する
麻生派会長の麻生も共有していた。「もっと雑巾がけをさせるべきだった」総裁選の投開票を
4日後に控えた9月25日、麻生は都内の個人事務所で麻生派の若手議員を前に、
河野の出馬に至る一連の流れをこう後悔してみせた。麻生は、今回の総裁選出馬は
時期尚早として河野に自重を促していた。最終的に「やるならしっかりとやれ」と
しぶしぶ容認したが、総裁選での立ち居振る舞いに議員の支持が少しずつ離れ、
党員票も思うように伸びない。この現状に、「懸念は正しかった」との思いを強くしたようだ。
麻生の意をくみ取った麻生派の閣僚経験者は、河野陣営に加わる同派の若手議員に、
決選投票では河野から離れるよう強く促した。安倍や麻生は、昨年の総裁選で、
支持を求めた岸田に「情念が足りない」とみて応えず、現首相の菅義偉(すが・よしひで)を
担いだ経緯がある。今回、安倍が「岸田首相」の誕生を側面支援したのは、
岸田がトップの座をつかむため、これまでにない闘志をみせたことを好意的に
受け取ったからでもある。出馬会見を翌日に控えた8月25日、岸田は東京都内のホテルで、
総裁選で打ち出す政策の詰めの作業を進めていた。側近の若手議員と練り上げたのは、
党役員の任期を最長連続3年に制限する改革案。幹事長を5年も続ける二階俊博への
宣戦布告となるが、岸田は翌日の出馬会見で、「権力の集中と、惰性を防いでいきたい」と
厳しい口調でこの方針に言及した。かねて岸田は「線が細くて地味」と評されていた。
ただ、この会見が引き金になったのか、総裁選での再選を目指していた菅は、
二階の交代を含む党役員人事の刷新案と9月中の衆院解散などの奇策を検討。
これが猛反発を浴び、結局出馬断念に追い込まれた。安倍は総裁選の投開票直前、
「岸田さんは運も向いてきた」とも周囲に語った。「この3連休が勝負だと思っていた。
ずっと前からやっていたんだから」。菅は総裁選告示の直後、3連休最終日の9月20日、
複数の報道機関による世論調査で総裁選に立候補した4氏の中で河野が圧倒的な
支持を集めた報道を見て、周囲にこう満足そうに語った。菅が河野支持を打ち出したのは
総裁選が告示された17日だ。だが、菅は3日に総裁選不出馬を表明した直後から
業界関係者に河野支援を呼びかけるなど、水面下ではフル回転していた。29日投開票の
総裁選の党員・党友票の投票締め切りは28日だった。菅は全国の多くの地域で
3連休の報道ぶりが党員の投票先を左右するとにらんでいた。菅は「選挙を間近に控えた
議員は心理的に党員の意向は無視できない。党員票で圧倒すれば議員票は河野に流れる」とも
語っていた。河野は国会議員票では終始、岸田に先行されていた。党員・党友票で圧倒し、
その勢いで議員票も上積みする形でしか勝利はつかめないとみていた。河野は政策面でも
保守層への配慮をみせた。告示1週間前の出馬会見では、「脱原発」や女系天皇容認といった
持論を封印。北朝鮮による拉致被害者の救出を願う「ブルーリボン」を着用してみせた。
だが、その後、河野は急速に失速する。誤算の一つは幹事長代行、野田聖子の総裁選出馬だった。
選択的夫婦別姓制度賛成など野田とは主張する政策が似ている上、高市に続く女性議員の
出馬で河野から野田に票が流れるおそれがあった。事実、河野は野田の出馬直前、
周囲に「野田さん、本当に出るのかな」と気にするそぶりをみせていた。河野自身が
自滅した面もあった。候補者による討論会では持論である年金制度改革を打ち出した。
河野には誰よりも年金制度に精通するとの自負があり、論戦に負けない自信があった。
だが、大幅な消費税増税につながる可能性を指摘され、他の3候補から集中砲火を浴びた。
側近らは「触れないほうがいい」と進言したが、河野は聞く耳を持たなかった。
衆院選の「顔」として河野に期待した中堅・若手も「選挙中に失言されたらたまらない」と
動揺が走った。主流派と反りの合わない元幹事長の石破茂や脱原発で歩調を合わせる
環境相の小泉進次郎と共闘したことも国会議員離れを招いた。河野陣営の一人は
「何の相談もなく撮影会をしたり、全く陣営の態勢はバラバラだった」と振り返る。
「党員や地方の意向を無視したら衆院選は危ないですよ」。焦る河野は投開票日前日、
幹事長の二階俊博と面会後、二階派幹部にこう言い放ったが、後の祭りだった。
頼みの党員票の獲得も全体の過半数に届かず、支援した議員は思わずこうぼやいた。
「『国民からの人気』を主張するなら、せめて5割はとってもらわないとな」(産経 2021/9/30 22:53)

2021年09月30日(木)23時29分24秒