[ 破天荒ランナー新谷仁美が優秀選手「天才ですから」 ] 昨年に現役復帰した12年ロンドン
五輪代表の新谷仁美(30=NTTC)が、7人抜きを披露した。東京のアンカー(9区=10キロ)として
16位でタスキを受けると、区間1位(31分06秒)の快走で9位でゴール。14年1月に引退を表明し、
会社勤めを経て、昨年6月にプロとして復帰。OLだった当時、一時は体重が13キロも増えたというが、
丸4年のブランクを感じさせない走りで優秀選手に輝いた。愛知が3年ぶりに優勝を飾り、
2連覇を狙った兵庫は4位に終わった。16位でタスキを受けた東京のアンカー新谷は、
ぐいぐいとスピードを上げた。快晴の都大路。頬をたたく冷たい風さえ心地いい。
次々と前を走る走者を抜き去る。「『お帰り〜』と言ってくれる声援が力になった。
みんなが言われるものではないから」。最後までペースは落ちない。競技場に入ると、大観衆に迎えられた。
福士加代子の持つの区間記録(30分52秒)には及ばずも、7人ごぼう抜きの9位でゴール。
だが、区間1位でも満足はしなかった。「あと1人抜きたかった。悔しいです。走るのは大嫌い。努力も嫌い。
でもこのブランクは才能で埋めました。私、天才ですから」14年1月に現役引退を表明し、
事務職として働いた。運動は「夏にビキニを着たいから腹筋300回」。走ることは一切しなかった。
夕方には普通の会社員と同じように飲み会に行き、現役時代より体重は13キロ増えた。
17年にプロとして復帰要請を受け、熟考の末に「OLでお金をためるよりも手っとり早い」とし、
丸4年ぶりに現役復帰。昨年12月にオーストラリアで開催された競技会の1万メートルを
31分32秒50で制し、今年の世界選手権の参加標準記録(31分50秒00)を突破した。
「1円でももらっている以上、やることはやる。でも東京五輪も世界陸上も視野にはないです。
気分屋だから明日にはいなくなっている可能性もあります」そう言い放ちながらも、
テレビのインタビューでは「2020年に向けていい弾みがついた」と素直な心境を明かした。
さらに「マラソンなんてもってのほか。大金を積まれても動きません」と語り、
1万メートルに専念する考え。東京五輪まで、あと1年と少し。
破天荒なランナーから、目が離せなくなった。(日刊 2019年1月13日 17時58分)
[ 一度引退、OL生活も「理由はお金」と昨年復帰 ] 2012年ロンドン五輪代表の新谷仁美(30)が
13日、全国都道府県対抗女子駅伝の東京チームのアンカーで出場、31分6秒で区間賞に輝いた。
2013年の世界選手権モスクワ大会女子1万メートルで5位入賞したが、翌14年1月末に引退を表明。
その後はOLとして働いていたが、17年春に退職し夏過ぎにナイキと契約、18年6月に3000メートルの
記録会から復帰していた。「走ることはそんなに難しくないですよ。速く走ればいいだけ。
ただ単純に前の人がいれば抜けばいいだけですよ」ブランクを埋めた秘けつを聞かれた新谷は
笑って答えた。「復帰した理由はお金。ビジネスです」ぶっちゃけ過ぎる競技復帰の秘密だったが、
そこには嫌みもあざとさも感じられなかった。「走るのは嫌い」と公言、OL時代は一切走らず
「ダイエット目的で腹筋だけは毎日300回していた」と言う。ただ、アスリート体質だっただけに、
「腹筋が割れなかったんですよ」と女性としてはハードな日々の日課でもアスリートボディは
維持できなかった。「OLは普通に事務職でした。残業したり…。でも、漫画(に描かれている)みたいな
仕事ではなかったですね」と肌には合わなかったようだ。それでも、競技者として戻ってきたからには、
結果を残すのが当たり前。「もう少し順位を意識していれば9位じゃなく8位になれた。
100メートルぐらいの差だったら10キロの中で何とかできた。それは私のミス」。7人抜きの快走にも
100%の満足感はなかった。今後の目標は4月の兵庫リレーカーニバルの1万メートル。
「みなさんからは世界陸上とか東京五輪とか言っていただいて光栄ですが、私の視界には
入っていません。今は目の前の兵庫リレーカーニバルで結果を出すことだけを考えています」。
自ら「気分屋」と言い切る新谷は、「ひょっとしたら、あした(競技界から)いなくなっているかも
しれないですよ」と茶目っ気たっぷりに笑っていたが、「1万メートルを走るのはストレスでしかない」中で
「この大会だけは別。中高生と社会人が同じチームで走る唯一の大会。京都で走るのも気分転換になるし、
楽しみの一つでした」とレース後も気持ち良さげな表情を浮かべていた。(スポニチ 2019年1月13日 16:57)